2006-09-13から1日間の記事一覧

今月の文藝春秋

阿川氏の随筆、「お言葉ですが」が終ってしまったことについて。 呉智英さんは例の仔猫殺しについて書いてゐる。

メモ。 正統(歴史的假名遣ひ)を使ふこと。 そのシンポジウムの後で食事をしながら、その思想家の一人に私はかなり強い口調で言はれた。「君はその若さで歴史的假名遣ひを使つてゐるが、必然性はあるのか。毎日古事記を讀みながら生活でもしてゐるのか」と言…

「支那」について(内田百間)

『新輯内田百間全集』第十九巻「ひよどり會」(p442)。 それよりも、支那料理と云つてはいけない事になつてゐる様で、猫がフンし箱の砂箱の外にフンしてはいけない事になつてゐるのと同じだと思はなければいけない事になつてゐる様である。 敗戰後さう云ふ事…

太田晶二郎著作集 第五冊

内容は解題や影印の校記などなので正直歯が立たない。 書名は顔にも譬ふべきものであり、概して、内容の優劣が平行する。「釋日本紀」−釋+原書の書名−といふ名づけ方は、ありふれたものの如くであって、実はあまり先例傍例も無く、平凡なやうであるけれども…

石黒忠悳『懐旧九十年』岩波文庫

尊王攘夷の運動家で、後に日本の医学制度確立に努めた人の自伝。幕末の部分が特に面白い。

山田俊雄『忘れかけてゐた言葉』(三省堂)

連載「詞苑間歩」とは別の、昭和三十八年から平成十一年までに書き溜めた随筆。一篇の名を以て、全体を代表させるつもりだったが、後になって何とそれは著者の記憶の中にのみあった幻の篇名だと分ったとのこと。 言葉のことで乱暴に「誤り」と決めつけられた…