『のらくろ探検隊』

なぜか「旧仮名は古語・文語にのみ使はれてゐた」と思ひ込んでゐる人が意外に多いらしいので、それが迷信である具体的な証拠として、『のらくろ探検隊』(昭和十四年に出たものの覆刻)の会話を引用しておく。

ブル聯隊長「まアそのくらゐの元氣でやつてくれゝば成功するぢやらう」
大隊長「その意氣でのり出せ」
のらくろ「はいやるであります」



聯「これはわがはいの大せつな寶刀興亞丸だが君の前途を祝して」
の「そんなことなさらなくても」

聯「せんべつとして君に上げる」
の「ではありがたくちやうだいいたします」

の「さア何か斬つてみたくなつた」

ハンブル「おいのらくろいゝものをいたゞいたね」
の「うんためし斬をしたいのだが命のいらんやつはゐないかな」

ハ「命のいらないものはゐないから鐵兜を斬つてみたらいゝだらう」
の「それはよいかんがへだ」

の「おい破片刀の切味をためすのだがちよつとこの鐵兜をかぶつてゐてくれ」
破片「えツ」

の「大ぢやうぶだよ頭まで斬りやしないから」
破「でもなんとなくしんぱいであります」

の「僕の腕を信用しろ」

破「あぶないあぶない」
の「よけたりすればよけいにあぶないぢやないか待てエこら」

破「助けてくれエ」
の「待てエ」

爆弾「おいらんばうするのはよせ」
の「らんばうぢやない鐵兜のためし斬だ」

爆「うんさうかそいつはおもしろいそれなら僕もやる」
破「うわーいまた一人ふえたア」

破「助けて下さいためし斬にされます」
聯「なに?ためし斬??」

聯「じぶんの部下をためし斬にするとはけしからん」

の・爆「鐵兜を斬るつもりだつたのであります」
聯「刀の切味が心配ならばわがはいが斬つてみせてやる」

の・爆「おうよく斬れますね」
聯「こんな丸太ン棒ざつとこんなものだ」

の「おい破片一等兵
破「うわーいまた出たもうやめだア」



の「ちがふよお別れのあいさつをしよう」
破「エヘヽヽあんなうまいことをいつてゆだんをさせて斬る氣でせう」

の「こつちでまじめにいふのにうたぐつたりするのはしつれいなやつだ」

八ちやん「君船長にたのんでたゞで乘せてもらふことにしたよ」
の「さうかそれはありがたう」



八「船長にあつたらよくお禮をいつておくれよ」
の「うんていねいにおじぎするよ」

八「波止場へ行けばすぐわかるからね」
黒兵衞「急いで行けよ」
の「急いで行けばまだ間に合ふね」

の「おいじやまだじやまだ」

の「僕は急ぐんだどけどけ」
(船長)「あとから來てらんばうするな」

の「どいてくれればいゝぢやないか」
(船)「じやまならよけて通ればいゝぢやないか」

の「僕はこれから船に乘つて大陸へ行くのだ」
船「僕がその船の船長なのだ」

の「これは/\どうもおみそれ申しました」
船「今さらあやまつてもおそいよ君なんか乘せてやらないよ」

の「そんなこといはないで乘せて下さいよ」
船「だめだね君はらんばうするから乘せられないね」

の「ぢやいゝよ乘つてやらないよ」

の「さうと知つたらけんくわするんぢやなかつた」

の「アパートにかへつて床をしいてねちまへ」

[偽者が先に大陸に到着したので本物と信じてもらへなかつた]
の「歡迎會なんかしてもらひたくもないが こつちがにせものにみられたのはざんねんだな」
「あいつはにせものだつてさ」
「うまくばけたな」



「なぐつちまへ」
「おい待て」
「われ/\三人でにせものの正體を見やぶつてやるかくごしろ」
の「何?」

「お前先に出ろよ」
「いゝよ/\お前先にやれ」
の「なまいきなことをいふなさア來い」

「やつつけろ/\」
の「角などむけて小しやく千萬」

「氣をつけろなか/\強いぞ」
の「えいツめりこめ」
山羊「めりこんだア」

羊「もつと大ぜいよんで來ようか」
豚「こんなやつにまけるのはしやくだ」
の「百人でも千人でも束になつてかゝつて來い」

[豚たち三人が訪ねて來て仲間にしてくれと頼む。山羊・羊の一藝一能を訊いた後]
の「それだけ藝があれば十分だそれから君は」
豚「へツへ私は宣傳がじやうずです」



の「宣傳といふとチンドン屋のことか」
豚「さうぢやありませんだけどこれないしよですがあの金剛は仲間に入れない方がいゝですよ」

の「なぜさ」
豚「あいつはあなたのこと殺しちまふといつてますそのしようこに今石を持つて來るから氣をつけなさい」

の「さうかそれはゆだんができないよしそれぢや興亞丸でたゝつ斬つてやる」

豚「おい金剛さんのらくろさんがね刀を研ぐから大いそぎで砥石を出してくれとさ」
金剛「さうかすぐ出すよ」

金「たゞ今へい砥石を持つて來ました」
の「なるほど持つて來たなよし外へ出ろ」

の「興亞丸の切味を見せてやる」
金「砥石を持つて來たのだから研いでからの方がいゝでせう」

の「こつちにゆだんさせようと思つてそんなことをいつてもだめだぞ かくごしろ」
金「おや本氣で切る氣だな」

の「えいじやまするなどけ/\」
豚「どうですこれが私の宣傳のうまいところですじつは兩方ともうそですよ」

の「ぢや君は僕を殺しちまふといつたのぢやなかつたのか」
金「君が砥石がほしいといつたのかと思ひましたよ」
豚「へツへざつとこのくらゐさ」

の「やい貴樣ツ」
豚「やられたツ」

の「これからそんなことをすると承知しないぞ」

金「二人が仲たがひにならなくてよかつたのですこれからはます/\信用しあつて親しみ深い友達になりませう」

金「この豚は死んだのぢやないかしら」
の「死にはしないよ峯打だから」

の「動かないかい」
金「おい包君おい包君おや死んでゐますよ」

の「それはすまないことをした殺すつもりぢやなかつたのだ」
金「ほんとにかはいさうなことをしましたね」

の「なんだ生きてゐるぢやないか」
豚「ハツ/\/\
死んだふりをしたら二人ともびつくりしたな」
金「おどかすのはよせよ」

の「君のいふことはもう信用しないよ」
豚「一藝一能を見せろといふから見せただけですよもうしませんよ」
金「うつかりできないね」