ろくに調べもせずに旧字を弁護・支持してみる(3)

追記
タイトルをつけた(10月14日)。この項は「黒歴史」。誰かさん(あるかさん)の罠(?)にはまって醜態をさらした。(5)(4)を参照。(以上追記。)

細かい点については見解の相違ということで了解していただけると期待して、あえてコメントはしません。

細かい点ではなく根本的な点での見解の相違だけど、まあ言っても仕方無いですかね。

読んでておもうことは「言葉 言葉 言葉」も「鳩笛雑記帳」も、すべて自己の記述において「誰が」の部分と、具体的な基準の部分が抜け落ちています。具体的な基準を詳述できないのであれば、少なくとも誰の説にのっとって書いているのかぐらい書いておいてほしいものです。

私の場合、漠然と旧字(「国語改革」以前のあれ)の方が(比較的に、だが)かなり正しいやうだと思って支持してゐるだけで、特に誰が定めたどんな体系とかは深く考へずにいい加減にやってますので。ただ、前に挙げた具体例のやうな場合はそれで十分でせう。

〈旧字〉を作るときに参照した『康熙字典』にも、歴史的等の理由で「正しい」と言い難い字体があるんだそうです。正統性で判断するなら、〈旧字〉も〈正字〉とは言い難い文字が含まれているわけです。
さて、これで〈旧字〉にこだわる人の理由がまたわからなくなりました。「鳩笛雑記帳」には〈新字〉は体系的にみておかしい字が多く出来が悪いから〈旧字〉を使うんだとありましたが、〈旧字〉も正統ではないならなぜ〈旧字〉にこだわるんでしょうか。程度の差という問題なんでしょうか。

程度の差という問題です。かなりの差だと思ひますが。前に具体例を挙げたんですが、あれについては如何ですか。
それにしても、〈旧字〉も〈正字〉とは言い難い文字が含まれている〈旧字〉も正統ではないと部分ではなく全体の誤りと読み替へるのはどういふことなんでせうか。悪意あっての曲読か、他意の無い誤読なのか。
私の場合、「旧字の方が新字よりもかなり正しい」といふ単純な理由で支持してゐるだけですが、それでも〈旧字〉も〈正字〉とは言い難い文字が含まれていることを理由に責められねばならないんでせうか。

 そして歴史的に〈正字〉でないと判断された文字を使用しなければならない場面がきたとき、〈正字〉にこだわる人はどんな字を使うんでしょうか? 手書きならなんとか自分の判断する〈正字〉を書けるでしょうが、〈旧字〉でも〈新字〉でもないならパソコンや活字では扱えないんじゃないでしょうか? となると、そこは仮名で書くんでしょうか? 訊いてみたいところです。

私の場合、そんな難しい場面には一生縁が無いとは思ひますが、妥協といふか現実主義でいいんぢゃないですか。

3、「鳩笛雑記帳」に書かれている体系というのは誰が定めた体系であり、どんな基準で定めたものなのか。

三項目の一つに挙げられたのには恐れ入ったと言はうか、皮肉にしてもきつすぎると言はうか。

また、先述したとおり、「より好ましい」という理由で〈正字〉を判断するということは、研究者の数だけ〈正字〉が出てきてしまってもおかしくないような定義です。

野嵜氏の文は「正字としてより好ましい」といふ趣旨であって、「より好ましい」という理由で〈正字〉を判断するわけではないと思ふんですが。

前に挙げた具体例には何ら異論・反論を書くでもなくいきなり正字の定義や基準を問ふのには驚きました。もしかして「お前なんかは具体例をちょっと挙げるのがせいぜいで、定義や基準なんて知らないんだらう」といふ皮肉ですか。何とも恐れ入りました。
言はれるまでもなく、正字の歴史について不勉強なのは自覚してゐますが、旧字の方が新字よりもかなりましなのは具体例からも明らかだと思ふんですがね。

arukaさんが書いた文(前回・今回)を活用(悪用?)して言ひ訳してみる。

正字体〉の詳しい歴史についてはある程度の知識人の知識として存在すればいいし文字のかなり精確な系統なんて研究者が扱うものであり、知識としてあればいいんじゃないでしょうか。一般人は〈旧字〉を作るときに参照した『康熙字典』にも、歴史的等の理由で「正しい」と言い難い字体がある(〜ある)といふ程度の知識で十分ぢゃないでせうか。