斎藤緑雨(短いもの)

底本は『齋藤緑雨全集 巻一』。

黄道士の汽車百詠 [●○生]

難有や無黄道士、道士は「俳諧言勝ち」主義を以てこの程よりの讀賣新聞に汽車百詠なるものをズラリ陳列し「口より出るに任せて吐き」たるを皆俳諧と名けられ我等如き淺墓なる觀念を有つ身にも大いに其の入易き安直法あることを示されたり蓋ふ[おもふ]に俳諧是れより朝飯前のものとならんお早うの掛聲と同じものとならん吐いて清潔法を行はる上病氣さへあるに之れのみハ吐いて俳諧となつてクダルこと虎列拉に優る豈恐ろしく難有からずや世の五七五に頭を痛むる者須らく先づ之れを學べ俳諧ハ言ひ勝ちなり出任せなり試みに道士の名句三つ四つを左[さ]にお手本として拜借すべし尤も()の内に記せるハ我等が道士の一番弟子たらんと欲して敢て教を乞ふの文字なり決して\/評にハあらず
  • 汽車の徳深山の膳に初がつを(冬でも?)
  • 汽車旅や話して見れバ同じ國(皮足袋ハ如何)
  • 別れともなし汽車にての連ながら(他生の縁ツ)
  • 汽車早し地に竪縞を畫かして(單地か)
  • 文明の景色添へけり汽車の旅(成程ネ)
  • 煙のみ先に見られて汽車の來る(火事でハない)
これらハ其秀逸なるものなり百分の六なり道士ハ「句がら新しく意味も高尚過たるハ無きゆゑ讀者に棒にさるゝ事ハなかるべしと自信す」と申さるれば其妙を今更説かんハ無駄なるべく自信雷火事親父恐い程難有き仰に依て我れも左の二一句を案じ出しぬ
  • 雨降るや天氣が惡し傘をさす
  • 拾錢は二錢銅貨を五枚かな
  • 飯食へば誰れもお腹ハ脹れけり
「汽車旅」に倣ふて
羽織紋。琵琶湖。李下冠[はおりもん。びはうみ。りかくわん]
(讀者傍訓[ふりがな]に注意せよ)
入れや俳諧の門に、俳諧かくの如く易し入れや道士の門に、道士かくの如く貴し「無黄道士實ハ森三溪」實を聞いて猶ほ頼母しゝ

夢二つあるに附て [正直正太夫]

我が江湖新聞の記者に夢山人あり改進新聞の寄書家に夢山人あり改の夢昨日の紙上に於て江の夢をあやしむ我社の夢山人ハ曾て夢遊と號したるより取來れるものなれど彼れハム山人此れハユメ山人と一々假名を附るも面倒なれば我れ試みに之が判決を與ふること左の如し
同じく文筆を以て世に立つ者にして名の似たるハ不都合に附雙方熟議の上豫じめ時日場所を定め置き當日二名以上の大家の立會を乞ふて互ひに來り會するや一二三の掛聲を合圖にヂヤン拳を以て勝負を決すべし但し勝たる方をこれから先天下にひとりの夢山人とす

我之を忍月居士に聞く [正太夫]

何々を讀みてと題せバ責任無く何々を批評すと題せバ責任ありとハ我生れて初めて之れを忍月居士に承まはる所なり、然もあらん、辻君と云ヘバ高尚なるもヂゴクと云ヘバ卑野なるべけれバ
無常といふこと離れざれバ好小説なりとハ我生れて初めて之れを忍月居士に承まはる所なり、然もあらん、小學初級生に無常の二字を示したるに暫くあつて常に無きと讀み返したれバ

缺けたるもの二つ [正太夫]

今の文壇に缺けたるもの二つ、曰く、先進を缺き後進を缺く。理をいふに於て、先進後進のわかちあるなしと雖も、其間おのづから、先進ハ先進の徳を修むるなかる可らず、後進ハ後進の禮を盡くすなかる可らず。今の先進後進、この心もて居るものそれ幾人、文壇亂るゝ異しむに足らず、慨するに勝ゆべけんや。