「気にかける」けど「振り返らない」のか?

顧みる://あたりをみまわすこと/ちゅういをはらうこと/よくかんがえること/...*1

*1:もちろんフリカヘルコトについてだつたら「振り返る」と書けばよい。これとは異なる含意によるから別のコトバを宛てる。添削厨は漢檢ドリルでもやつてろ。

この御方、どこかで誰かにひどく侮辱的な態度で「添削」をされたんだらう。さうとでも考へないとここまで人を馬鹿にした言葉を投げつける理由がまったく分らない。まあ私には関係の無い話です。なるほど、「よくかんがえること」は知らなかった、勉強になったな。手元の辞書にはそんな風な説明は全く載ってないけど。ああ勉強になった。
それはともかく「顧みる」の件ではその「添削厨」とかのことが他人事とは思へない。http://d.hatena.ne.jp/twoineko/20090425#p2で「顧みる」について言葉足らずの書き方をしてしまったので、捕捉だか訂正だかの必要もある。厳しい「監視網」???に捕捉されてゐることだし。

「顧みる」は「振り返る」だから、「形式のみを顧りみる」はちょっと変かな、とも思ったが擬古文ならば正しいのかもな。よく分らん。

自分の書いた文に後から説明を加へるのも間抜けな話だが、要するに「『振り返る』が本義で、他の用法の場合でも本義を含んでゐるのではないだらうか。形式のみを顧りみる保守派連中といふのは『気にかける』ではあっても『振り返る』ではないのではないか。『自分の形式を顧みる』ならば分るのだがどうもそれだと意味が通らないと思ふが」といふ意味であのやうに書いた。
当り前の話だが、いくら無知でもさすがに「家庭をも顧みず」などの用法は知ってゐる。あの時はいちおうYahoo!辞書で調べもした。手元の辞書は取り出すのが面倒だし、「間違ひなく誤用だ」といふ確信は無かったのでよく分らんと書いたわけだ。

辞書

今日、ともかく手元の辞書を引いてみた。「気にかける」の場合でも本義の「振り返る」から離れてゐるとはどうしても思へないがどうなんだらう。
ともかく引用しておかう。問題なのは「気にかける」だけなんだが他の意味の項もついでに。見出しは省略。
学研『国語大辞典』。

1.ふりむいてうしろを見る。ふりかえる。「年嵩の洋装が、まず足を停めて、他の二人の奥様を-みて囁き始めた<徳永・太陽の…>」
2.過ぎ去ったことを思いおこして考える。回顧する。「肺結核がなおったあの山上の日のことを-みますと、<芹沢・愛と死の書>」
3.気にかける。心配する。「家庭を-みない」「玄機を脅して金を獲ようとしたが、玄機は笑って-みなかった<森・魚玄機>」

講談社『日本語大辞典』第二版。

1.後ろをふり向く。ふりかえって見る。look back【用例】背後を-。
2.気にかける。心配する。worry about【用例】身の危険も-ず飛び込んだ。
3.世話をする。情けをかける。pay attention to【用例】家庭を-ゆとりがない。
4.昔を思う。回顧する。look back upon【用例】-みれば、遠い昔のことだ。

『大言海』。入力できない記号もあるので《》で補った。

かえりみる 顧《国語漢字》 [返り見るの義]
(一)振リカヘリテ、背《ウシロ》ヲ見ル。拾遺集、六、別「君ガ住ム、宿ノ梢ヲ、行ク行クト、隠ルルマデニ、かへりみシハヤ」
(二)思ヒカヘス。懸念ス。 省《同義漢語》新六帖、六「アハレナル、花ノ盛リノ、心カナ、身モかへりみズ、人待タレケリ」
(三){《古語》見守リテ、イツクシム。ウシロミル。 眷顧《同義漢語》落窪物語、四「我ガ子七人アレド、斯クコマカニ心シラヒ、かへりみるヤハアル」

新明解国語辞典』第四版。
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[返り見る意]
1.通り過ぎたあとを振り返って見る。「昔を-[=昔どんな事・が有ったか(をしたか)をもう一度考えてみる]・わが身を-[=自分がして来た事のよしあしを思い返してみる]」
2.世話が十分行き届いているかどうかを、(ゆっくり)考えてみる。「家庭を-暇が無い」
【表記】二は、「省みる」とも書く。